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2017年3月30日木曜日

墓地に暮らす少女の挑戦

 シャイで無口だった少女は、強くたくましい女性になった。38日に「ストリートチルドレンを考える会」のスタディツアー「フィリピン・ストリートチルドレンと出会う旅2017」の参加者を見送った後、私とパートナーの篠田は、NHKのディレクターと共に、墓地に暮らすジュリアン(20)の取材を始めた。43日にNHKの「ニュース シブ5時」という夕方のニュース番組で、彼女を紹介する15分ほどの特集を放送することになったからだ。(BSの10PM「国際報道」でも翌週当たり放送予定。)およそ一週間、ジュリアンやその家族に迷惑にならないように、小さなカメラで篠田とディレクターが撮影し、私はいつも通り、彼らと接する。
 シャイなジュリアンは、撮影されることをあまり歓迎しないのではないか。約8ヶ月ぶりに会いに行く前は、そんな心配をしていた。が、彼女はむしろ、カメラの前でも堂々と話し、立ち回り、ホテル&レストラン業を学ぶ女性らしい振る舞いをした。8年前に初めて出会った頃、何を聞いても、自信なさそうにただニッコリして眉を上げるだけだった少女は、下手でも臆せずに英語で話そうとする、積極的な大人になっていた。
 昨年は、スタディツアーが参加者不足で成立しなかったため、7月に私と篠田だけで会いに来た。当時はジュリアンと一つ違いの兄ジュネルが、おそらく薬物を使い出したせいで、おかしな言動を繰り返しており、家族全員が不安とストレスにつぶされそうになっていた。ジュリアンは、「ストリートチルドレンを考える会」の会員12人で出している奨学金で大学に通っていたが、学費と通学費以外の、例えば料理実習の食材などは、自分で用意しなければならないため、授業のない時間帯はほとんどファストフード店でのアルバイトに使い、心身ともにかなり疲れていた。稼いだお金の半分は、家族の生活費として母親のフロリサさんに渡すため、労働時間を増やし、勉強と睡眠の時間が削られていた。そんなとき、兄が家族のものを盗んだり、意味不明なことを口走ったりするようになり、彼女は完全に参っていた。
「この家にいたくない。そう思っていました」
 当時のことを、そう振り返る。
 バイト先でも、いじめなのか、バイト仲間が自分の失敗を彼女のせいにし、店長に告げ口をしたため、昨年末で仕事を首になった。
「でも、もうすぐ学校では卒業を目指しての実地訓練、On the Job Trainingが始まるので、これを機会にバイトはやめて、勉強に専念して、いい成績をとりたいと思いました」
 ジュリアンは、ピンチをチャンスと捉えて、前へ進むことにする。そして、学校での成績を少しずつ上げていった。
 彼女の頑張りをみながら、ジュネルの問題を解決する方法を思い悩んでいたフロリサさんは、今年1月、一つの決断をする。彼を警察に連れて行くことにしたのだ。ドゥテルテ大統領による麻薬戦争で、薬物常用者が大勢殺されているなか、どこかそれに怯えているようにみえたジュネルが、殺されたり、家族ではなく他人のものを盗んだりしないうちに、刑務所に隔離しようと考えたのだ。私たちにとっては驚くような判断だが、母親にはそれなりの考えと決意があった。
「ジュリアンや家族が安心して暮らせること、そしてジュネルが薬物などと関わらない場所にいることが、大切だと思ったんです」
 結果的に、この判断は家族の生活を良い方向へと導いたようだ。
 ジュリアンは、取材中、就職に向けてのセミナーや試験に追われながら、学生生活を楽しんでいた。日本円で年間15万円前後という高額な授業料をとる大学に通う同級生は、毎月一万円くらいの小遣いを使うという、裕福な家庭の若者たち。だが、彼女はマイペースで、彼らとうまく付き合っている。みんなでマクドナルドに入っても、一番安い飲み物一杯だけ買って会話を楽しみ、ショッピングに誘われても、それとなく断る。
「墓地に暮らしていることは、話してません。聞かれないから。聞かれれば言うんですけど。彼らは、貧困とかそんなことには興味がないんだと思う」
 自分の同級生のような富裕層の人たちは、貧困層の現実になど関心がない。彼女はそう考えている。
「もしいい給料がもらえるようになって、ショッピングを楽しんだり、きれいなレストランで食事したりするようなお金が手に入ったら、そうしたいと思う?」
 そう尋ねると、ニッコリして、
「いいえ。私はお金が手に入ったら、家族と墓地を出て、ささやかな部屋を借りて暮らしたいだけです。そして、私のような子どもたちの力になりたい」
と、答えた。
 ジュリアン一人に頼っていてはいけない。今回、私たちのNGOが支援している現地NGOのひとつ、「セラズ・センター・フォー・ガールズ」を運営するカトリックのシスターで、心理カウンセラーでもあるアルマさんに悩みを聞いてもらったフロリサさんも、そう考える元気が出てきた。ジュネルについて思い悩んでいたことを吐き出し、シスターたちが、ジュネルへの今後の対応を含めて、家族を応援すると約束してくれたからだ。安心した彼女はさっそく、シスターが勧める「Housekeeping(ホテルやレストラン、邸宅などでの清掃やベッドメーキング、カラス磨きなどの仕事をするスキル)」の訓練コースに参加することにする。教会が無料で提供しており、修了証書をもらえば、仕事を得るチャンスが増えるからだ。就職前のOn the Job Trainingでも、バイト代がもらえる。
「ふたりで力を合わせて、墓地を脱出します」
 昨年の暗い表情とは打って変わって、生き生きとした笑顔で、フロリサさんが宣言する。
「いつ頃、墓地を離れられると思いますか?」と聞くと、「そうですね。年明け頃でしょうか?」。
 同じ質問をジュリアンにしたら、こちらは強気な返事をくれる。
「7月くらいかしら?」
 すると母親が、「ええ~、そんなに早く!?」と驚く。「でも5月末に大学を卒業するのと同時に、いい就職先が決まれば、可能よね」と私が言うと、ジュリアンはいたずらっぽい笑みを浮かべて、こう言った。
Why not!(行けるでしょ!)」

★4月3日(月)NHK「ニュース シブ5時」にて,ジュリアンを紹介するレポートを放送します。